;
あらゆる媒体をサーフする <strong>PART 2</strong>
beyond worker 007
 2014,03,25

あらゆる媒体をサーフする PART 2

-堀江さん自身はメディアサーフへはどんなきっかけで入ったんでしょうか?

ぼくの場合は、元々家具とかデザインが好きだったので、黒﨑さんがやっていたIDEE(イデー)に入りたかったんですよね。でも、ぼくのときちょうど新卒の募集がなくて軽く路頭に迷ったんです。それでなんとなく「そんなにすごく行きたいと思っていない会社には行ってもしょうがないんじゃないかな?」っていう、ありがちな考えで一応就職の内定をもらっていたところを次も決まっていないのに断って。すごい怒られましたけど(笑)

-(笑)

そうしたら黒﨑さんが『Schooling-Pad(スクーリング・パッド)』っていうスクールをやっているっていうことを知って、説明会に行ったんですよ。うまく言えないんですけど、その時の黒﨑さんの話がもうメチャクチャ面白くて。今もメディアサーフで一緒に働いているMAT(=松井明洋)も誘って行ってたんですけど、MATともすごい面白かったってことで一致して、「スクーリング・パッドに行こう」ということで意気投合したんです。3ヶ月、12回の授業で18.9万円で、学生の身にはなかなか痛かったんですが、まあバイトしたらなんとかなるかと思って。

-その時の説明会がなかったら、今、メディアサーフにはいなかったかもしれないですね。

いや、本当にそうです。あれがなかったら、家具のお店とかでバイトして、うまくいったら社員になって…とか。

-説明会のなにがそんなに面白かったんでしょう?

なんだろう…。すごく覚えているのは、ぼくらみたいになにかやりたいことが強くあるわけでもなく悶々と悩んでいる若者に対して、黒﨑さんは、「君たちは健全だよ」って言ってくれたことですね。そんな言葉をかけられたことはなかったので驚きました。さらに、説明会の終わり際にMATが黒﨑さんに「人生が変わった瞬間っていつですか?」って質問したんです。それに答えて「ぼくは変わり続けてるよ。いわゆる安定は求めないけど、常に変わり続けているっていう状態としての安定は求めてる」って言ったんです。その時に、この人はすげえ!って。
5_schoolongpadweb
【スクーリングパッドweb】

-『Schooling-Pad』は通ってみても期待通り面白かったですか?

そうですね。普通だったら簡単に会えない有名なデザイナーとか名前の通っている人たちがたくさん講師として話をしてくれて、黒﨑さんとの掛け合いがまた刺激的で面白かったです。

-当時22、23才の堀江さんやMATさんの現在に通じる価値感がそこで少しづつ作られていったんでしょうね。3ヶ月のスクールのあとはどうしていたんですか?

その年の秋に『Schooling-Pad』が『ビンタ本』という本を出すことになって、黒﨑さんに「やってみたらどうだ?」と言ってもらったんです。元々は『Schooling-Pad』に通う前から「フリーペーパーを作ろうぜ」ってMATも含めた友人たちで話していたんですけど全然進んでなかったので、経験も無いなりにこれはチャンスだと思って他にも数名いた編集チームに参加することにしました。

-黒﨑さんはなぜ堀江さんたちに『ビンタ本』をやらないかって言ったんでしょう?ほかにもスクール生などもたくさんいたかと思うのですが。

たぶん、「こいつら、そろそろテコ入れしないとダメなんじゃないか」と思ったんじゃないでしょうか。あとは前々から「編集をやりたいです」って言っていたので、黒﨑さんにそういう風に認識されていたのもあったかもしれないです。
元々、仲間4人でフリーペーパーをやろうとしていて、ひとりが広告営業、ほかのふたりがデザインをしたいと言っていて、じゃあ文章を書いたり編集をしたりするのはぼくかなあと考えていたんですけど、『ビンタ本』を経て、結果、今もぼくは編集の仕事に関わっています。

6_pintabon
【ビンタ本】

-『ビンタ本』がきっかけとなって、編集者としての仕事に繋がったんですね。

はい、『ビンタ本』が終わってから少しづつ雑誌や本の編集の仕事をもらえるようになって、一応バイトしなくてもギリギリ食えるくらいにはなっていたんですが、まだ全然駆け出しのフリーの編集者だったので、そのころは「これできる?」とか「これわかる?」って言われてもとりあえず「大丈夫です」って答えて、家に帰ってから必死になって調べたりしてました。

-『Schooling-Pad』卒業後から『ビンタ本』までの間は黒﨑さんとの繋がりはあったんですか?

あり続けましたね。気にかけていてくれたのか、よく連絡はくれましたし、『Schooling-Pad』のお手伝いもしてました。ごはんに連れて行ってもらったりとか。で、『Schooling-Pad』卒業してちょうど一年後くらいにメディアサーフが立ち上がって、誘われたんです。フリーで個人としてよりも、会社として仕事をすることで、色々な人とも出会えるだろうし、世界が広がるような魅力を感じました。そして、なんにしてもずっと自分達を見てくれていた黒﨑さんからの誘いだったので断る選択肢は無かったですね。

>>『あらゆる媒体をサーフする PART 3』へ続く