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あらゆる媒体をサーフする <strong>PART 3</strong>
beyond worker 007
 2014,03,25

あらゆる媒体をサーフする PART 3

-メディアサーフが立ち上がったときは“なにをする会社”ということで誘われたんですか?

紙、web、イベント、映像といった様々なメディアを物事に合わせて柔軟に使い分けながら、サーフィンするように流動的に情報発信していくことをやっていく。というようなことを言われました。編集といっても紙だけでなく、これからいろんなことが必要になっていくよっていう話はありましたね。そのころはフリーの編集者として紙の媒体を作ることに一生懸命な時だったので、「紙だけでなくてあらゆる媒体をサーフする」と聞いて、確かにそうなったらすごいなって思ったのを覚えています。

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【『 TOKYO DESIGN FLOW 』】

-メディアサーフ立ち上げ初期はどんな仕事をしていたんですか?

TOKYO DESIGN FLOW』っていう都市のカルチャーを発信するプロジェクトの中でフリーペーパーと、『Last thursday』というイベントをやっていました。『TOKYO DESIGN FLOW Paper』では農業、自転車、政治なんかも取り上げたり、『Last thursday』ではこれに連動したトークやライブペインティングや音楽もやりましたね。

-今のメディアサーフのイメージに繋がる仕事をかなり初期の頃からやっていたんですね。現在の中心メンバー5人の仕事の配分は具体的にはどういった感じなんですか?

全員でいろんなことに横断的に関わりたいと思っているので、あまり明確には分けたくはないのですが、分けるとするならば、ファーマーズマーケットを主とするのが3人、制作や段取りが自分、対外交渉やお金のところをMATがやってます。ぼくとMATは他の3人に比べるとファーマーズマーケットに関わる頻度は少ないですが、ファーマーズマーケットに関わる制作物は手伝いますし、最近では雑誌『NORAH』は全員でやっています。あとは制作の仕事をする中で、ファーマーズマーケットに興味もってくれたクライアントさんのPR出店を繋いだりもしていますね。仲間内のことですが、ファーマーズマーケットのチームがすごいなと思うのは、毎週土曜日の朝7時8時にトラックが来て、尋常でない量の荷物を下ろして、ブースを組み立てて、日曜の夜にはそれを全部撤収して、床を全部掃除して、それを年末年始以外は毎週やっているってことです。ぼくもたまに手伝うたびに、本当にこれを毎週やるのは大変だなと感じます。しかもそれをわずか5~6人でやるんですよ。東日本大震災の翌日(※土曜日)でさえ、“こんなときこそ日常としてマーケットがあることに意義がある”ということで予定通りファーマーズマーケットを開催していました。

-それはすごいです。メディアサーフは少ないメンバーで、幅広い活動ができるのはなぜなんでしょう?

プロジェクトごとに、その活動の意味をしっかり考えることを念頭に置いているからだと思います。そうすることで活動の面白さもより分かってくるし、それが他の活動に繋がることもあるんです。
また、すべての仕事をメディアサーフだけでやっているわけではなく、僕たちのオフィスがあるみどり荘や自由大学の人たちとか、まわりのいろんな仲間に助けられていますし、僕たちを含んだ様々なコミュニティ全体で、それぞれの活動を動かしているという感覚があります。

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みどり荘

-メンバーが少ない中、仕事が多岐に渡ることで、頭の中がマルチタスクで管理しきれなくなったりはしないですか?

それはめちゃくちゃします(笑)。でも、人数が少ないからこそ考え方を共有できるとか、そういうメリットの方が大きいのかなと思いますけどね。けっしてみんながみんな“仕事ができる”っていうわけじゃないですけど、それぞれのパーソナリティを理解し合っているように思います。

-チーム内での意識共有はどのようにして行われているのでしょうか?

やっぱり、まずは黒﨑さんとのコミュニケーションが大きくて、ちゃんと深く考えてやってるかどうかっていうことを問われることが多いです。「メディアサーフがやるんだったらもうひとつレベルが上の感じにしなきゃ」とかですね。
黒﨑さんから学んだことはめちゃめちゃいっぱいあるんですが、“狭めないように狭めないように”っていう視野を常に広げさせてもらってるのが、一番学んでることでしょうか。
あとは、「あの人だったらどう考えるかってのを想像した方がいいよ」っていうのもよく言われるので、そこは悩んだ時にはシミュレーションするようにしていますね。“黒﨑さんならどう考えるだろう?MATだったら?”とか。
メディアサーフのミーティングの場でも、具体的なtodoはほとんど話さないんですが、イベントなどでも「なぜやるのか」、クライアントさんとの仕事でも「そもそも何が目的なのか」っていうところから話します。それで面白いのか、もうひとつなにか加えたほうが良くなるじゃないかなど、あらゆる可能性をみんなで探っていくんです。
特に、メンバー全員が集まるのは週に一度のミーティングだけなので、考え方や理念を含めたメディアサーフの空気感を共有するための大切な時間となっています。メンバーが少ないことの最大のメリットは、この空気感を密に共有できるということかもしれないです。

-ありがちな話として、少ない人数で会社を回していると、お金になりやすいクライアントワークに引っ張られてしまって、本来やりたかったオリジナルの仕事になかなか取り組めないってことがあるかと思うのですが、メディアサーフではそういったことはありませんか?

それはほとんどないですね。ぼくらの場合、ファーマーズマーケットをやり続けることだったり、制作物を作って世に出していること自体が結果的に営業になっているので、今のところそのあたりのコントロールもしていないです。

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【『NORAH』】

-そういった全体的なことを雑誌『NORAH』でもこれからやっていこうというわけですね?

そうです。オリジナルでやるっていうことは、やればやるほどすごく難しいことだと感じるのですが、これがうまくハマれば今後いろんな場面でメディアサーフが表現したいことを提示できるようになるとも思うんです。

-『NORAH』は、どういう意図で作ることになったんですか?

メディアサーフとして発信するものをなにか作ろうっていう話は以前からしていたのですが、今年の春先のミーティングで、これからの意思表示としての意味合いも含めて雑誌を作ろうということになりました。いわゆる普通の農業雑誌みたいなものではなく、都市と農のライフスタイルを繋げられるようなものにしたかったので、ビジュアルメインで言葉ではあまり語りすぎないようにと考えました。そこで『NORAH Season1』ではファーマーズマーケットに青い髪の外国人女性を立たせてみたりしました。
また、海外にも発信していきたかったので、海外のカルチャー誌と並んでも遜色ないようにするにはどうしたらいいか、英語の表記をどれくらい入れるかっていうところもよく話し合いました。

-すごく印象的で憶えているのですが、『NORAH Season1』のトップのコピー“Feel good fields good”がすごくシンプルなのに力強くて、抜群でした。

ありがとうございます。“野に良くする”を英語にするとなんだろうって話をしていて、そのコピーになりました。

-今後についてはどのような展望がありますか?

『NORAH』で、メディアサーフの提示する価値感をさらに伝えていくっていうことはもちろんあります。あと、実はメンバーのMATが結婚を機にストックホルムに移住するんですよ。スウェーデンにメディアサーフのブランチを作ろうっていうことで。今後、彼は日本とスウェーデンを行ったり来たりする形で仕事をする予定なんですが、より世界との繋がりとか海外のクライアントとの仕事も増えてくるかもしれません。これまではぼくらが出向いていかないとわからなかった海外の最新事情とかももっと近くに感じられるようになれば、メディアサーフの発信力や、制作物にも良い形でフィードバックされていくと思っています。

堀江さんがメディアサーフコミュニケーションズという個性的な会社に入ったのは偶然だろうか?インタビューの中で、彼は「大学4年の時点で特にやりたいことはなかった」と語っている。この感覚は多かれ少なかれ、誰しも心当たりがあったことではないだろうか?いや、大学生のみならず、いわゆる大人として扱われる年齢になった人でさえ、今現在もこうした感覚をどこかに抱えている人もいるだろう。
もしかしたら、堀江さんが少しだけ人と違ったのは、「決まっていた内定先を次も決まっていないのに断った」ということだったかもしれない。話の中では多くは触れられていなかったが、きっとそのころの彼には、かなりの逆風があったのではないかと推測する。
それが10年経った今では、東京のカルチャーの一旦を担うメディアサーフの中心人物のひとりだ。
人生を点で捉えると、ある時点では失敗に映るようなことでも、あとから振り返ってみるとそれがターニングポイントになることもありえる。働き方を面白くするには、「やりたいことを追求し続ける」ことのほかに、堀江さんのように「なんとなくで会社に入らない」といった、したくないことを排除した先に辿り着くこともきっとあるのだろう。

<完>