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自分に合ったやり方で、やる <strong>PART 2</strong>
beyond worker 003
 2013,05,29

自分に合ったやり方で、やる PART 2

−−−毎回テーマとみなさんで話し合って決めているのでしょうか?

そうですね。今までは2人だったから普段の会話を重ねていくうちに自然とコンテンツが固まっていったという感じでした。

−−−いままでタイアップ記事を載せたことはありますか?

商品を売るためのタイアップみたいなのはやったことがありません。これまでは発売時期がずれたりしていたので発売時期に合わせたキャンペーンというのもなかったし。自分が読みたい理想の雑誌をつくっているつもりだから、タイアップ記事は載せたくないという思いが強いんです。タイアップ記事って、なんだか騙された感じがするんです。編集部が主体で作られた記事だと思って読んでいると、最後に商品情報が載っていたりして、なんだよ、結局宣伝かよってガックリさせられる。

子供のときから「嘘をつく大人」が嫌いだったんですよ。最初から広告だと分かるような誌面であればいいけれど、テレビなんかでもニュースとか経済番組なのに最後に社長が出てきて自社製品を宣伝したり、キャスターがその会社を褒めちぎっていたりする番組があったりするじゃないですか。そういうのって社会にとっても子供にとっても良くないと思うんですよね。嘘が前提で成り立っている社会、それ日本的なのかな? 二枚舌というか、大人の都合とか言ってうやむやにする態度が今の日本のいろんな問題を生む原因にもなっている気がする。

−−−読者側としては純粋な記事を読みたいって思います。

原稿が下手でもいいから一生懸命つくられた、おためごかしのない記事を読みたいですよね。スペクテイターは、自分で表現をしたい人が真剣に表現ができるプラットフォームであり続けたいと考えています。

−−−使命感という言葉は違うかもしれないですけど「タイアップ記事を作らない」とか、スペクテイターとしてのこだわり、読者に受け取ってもらいたいメッセージはありますか?

雑誌をつくるうえでのこだわりというと、「リアルであれ」ということかな。書き手も真剣勝負で記事を書いて、読む方もそのつもりで読む。そこに「大人の都合」は必要ない。もしも書き手があげてきた記事がつまらなかったら書き直しをさせるし、デザイナーや書き手も真剣に自分の表現を突き詰めているからケンカになることもある。でも、今それができているのは恵まれていることだと思うんです。「ま、そういうことで、ひとつ穏便にまとめておきましょうか」というような妥協は必要ないし、中途半端にやるんだったらやらなくていい。

僕は雑誌が好きだから自然とそういう考えになっちゃうんですよね。僕が十代だった80年代は雑誌の時代だったんですよ。あたらしい雑誌が次々と創刊されて、発売日が楽しみな雑誌が幾つもあったんです。雑誌が友達っていうと暗いやつと思うかもしれないけど、作り手の声が誌面から聞こえてくるような感じだった。アウトドア系とかスピリチュアル系とか玉石混合で、いま読むとくだらないものも多いけど、それぞれの雑誌なりの主義主張があって、真剣に作られていた。そんな時代に抱いていた「いつか自分の好きな雑誌をつくりたい」っていう気持ちで今もやっている気がしますね。

60年代末に創刊されて今も続いている『Rolling Stone』(ローリングストーン)というロイックジャーナリズムの雑誌があるんですが、ハンター・トンプソンとかティム・ケーヒルとかジョー・エスターハスとか、独自の文体とメッセージを携えて活字の表現をおこなおうとしていた若い書き手たちが、その雑誌を舞台に活躍していた。そんな役割をスペクテイターが担えたらと思っています。

−−−そうですね、僕はスペクテイターを「雑誌」というより「本」という感覚で捉えていて。やはりカウンターカルチャーがベースにあるのでしょうか?

いまの時代の「カウンターカルチャー」って何だろうとたまに考えることがありますが、いま対抗すべき相手は誰なのか? 政府なのか? それを動かしている企業なのか? 社会が複雑化して闘うべき相手が見え難い時代ですよね。昔だったら政府や権力を叩くという姿勢を貫けばよかったのかもしれないけど、そう簡単にはいかなくなっている気がします。個人的には「社会の嘘」とか「嘘付きな大人」と闘っているような気がしますね。
aono4

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