;
「パタゴニア」で働くということ <strong>PART 2</strong>
beyond worker 001
 2013,04,10

「パタゴニア」で働くということ PART 2

どこからどこまでが仕事で、どこからどこまでが遊びなのか?
会社の仕事と社外のライフワークはどのように両立しているの?
パタゴニアで働くかがやんさんに仕事と遊びについて聞いてみた。

ーパタゴニア以外ではどんな活動をしているのですか?

僕の場合は年間で、パタゴニア:個人が8:2くらいの割合で仕事をしています。パタゴニア以外の個人的な仕事では子供向けのアウトドアプログラムや、キャンプのガイドの仕事をやっています。今ではいくつかの団体のキャンプや野外学校に呼ばれて活動するようになりました。パタゴニアに入ってから「子供が好きならこういう仕事はどう?」とスタッフに話をもらったのがきっかけです。実際にやってみると、自分に合っているしやりがいもある。呼んでくれた人も僕の仕事を評価してくれて次の話が来るようになりました。仕事としてやっているけど僕の中では仕事という意識はなくて、子供が好きで山が好きで、それで結果的にお金がもらえています。正直、「仕事」って言いたくないぐらい。

春から夏くらいにかけてガイドの仕事が増えます。去年も二週間、奄美大島の無人島のキャンプに行ってきたのですが、そこで子供たちとすごく仲良くなって、東京に帰ってきてからも渋谷の店に来てくれるようになりました。最近ではこんな風にパタゴニアの仕事とガイドの仕事がリンクするようになってきています。

野外学校やキャンプのプログラムでは、その場でしかその子供達には会えない。だけど、僕がパタゴニアの店に普段いることで彼らがいつでも店に訪ねてきてくれたり、店で出会った子供達にいっしょに無人島に行こうよと誘うことができるようになりました。そういう子供達が、僕が昔に影響を受けたように、将来は野外で活動する仕事がしたいと言ってくれて、すごくうれしいんです。
3_kagayan
ー今までどんな人生を歩んでこられたのですか?

僕がアウトドアを好きになったきっかけは18歳くらいのとき。高校を卒業したばかりで、四国のお遍路を歩くというイベントに参加したんです。裏方で働いている人を見て「かっこいいな、こんな仕事もあるんだな」と記憶に残って。当時は鍼灸師の学校で鍼やマッサージの勉強をしていたのですが、いつか自然と結びついた仕事をしたいなと思っていました。

高校まではずっと野球しかやっていませんでした。全寮制の高校に入って、頭も坊主で「生きる目的は甲子園」みたいな生活。それが終わってスポーツに関係する仕事ができればと鍼灸を選んだ。まず資格を取っておけばそれから自分の生き方が見つかった時に、自由にやりたいことをやれるかなと思っていました。僕は奈良出身なのですが、奈良から大阪まで電車で鍼灸の学校に通いだして、電車の中で山歩きの本なんかを読む様になった。

それまで野球しか知らなかったから、当時はクライミングの存在もパタゴニアの存在も知らなくて。人生から野球が抜け落ちて何か別の打ち込むものを探していた時でした。本や雑誌で自然と共に生きる人達の姿を見て、稲妻に打たれたように「これだ!」と思ったんです。それからはバイトに明け暮れて、まずニュージーランドに行って自然を楽しむことを体験して、それから自然の中で過ごす時間が増えていきました。

3年間鍼灸の学校に通いながら、頭の中では山や旅に行くことばかり考えていました。学校を卒業して、東京の鍼灸院で働くようになりましたが、鍼灸師は患者さんを待つ立場で好き勝手に動けないし腰を据えてじっくりやる仕事。その時はまだ鍼灸師として働く気持ちになれずに、まだまだ世界を見てみたいという衝動が押さえきれなくて。

結局2年で仕事を辞めて3ヶ月半ほど南米へ旅に出ました。パタゴニアで働きたいなと思ったのは、コロンビアで自然に囲まれながらコーヒー豆の収穫をしている時。自然と関わることがしたいし、クライミングにもっとしっかり取り組みたい。日本に帰ったらどうしようかなあとぼんやり考えていた時、19歳の時に本で読んだパタゴニアのことを思い出したんです。

1 2 3 4