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目の前の仕事に全力を尽くせ <strong>PART 2</strong>
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 2013,11,25

目の前の仕事に全力を尽くせ PART 2

———30歳という年齢がひとつの節目になったんですね。

30歳になるまでに「これをやった」と言える自分の仕事を残したいと思っていました。フィギュア本を編集するにあたって、カメラとテレコを持って右も左も何も分からない状態でアメリカに一人で飛んで。ニューヨークのDCコミックMARVELコミックを「日本から来たんですけど」と言ってアポ無しで訪問しました。創刊号の取材だったので見せられる本も何も無いのに、日本の若造がめずらしかったのか予想外の歓迎を受けて、いきなり当時のアメコミ界の花形編集長、X-MENのチーフエディター、Bob Harrasが会ってくれたりして。偶然だけどすごくおもしろい人たちと出会って、自分がつくった本が現地でも話題になりました。フィギュアをただのファッションアイテムとして扱うだけではなくて、マニアも唸るような本当にコアな物やレアな物を紹介したことが多くの人に支持された理由だと思います。自分がおもしろいと思ったことを突き詰めて納得のいくものを作れば、国境を超えても共感を得る事ができるし人とつながれるということを実感しましたね。 
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雑誌『relax』FUTURA2000特集/KAWS特集

取材でアメリカに行くうちに、気がついたらフィギュアのつながりでニューヨークのアーティストと仲良くなったりネットワークも広がっていきました。ミレニアム前夜の1999年には会社を辞めてフリーになりました。フリーになって最初に挨拶へ行ったのが、それまで連載などでお世話になっていた雑誌『relax』の編集部。ちょうど2000年に合わせてリニューアルするというので、グラフィティアーティストのFUTURAの企画を提案したんです。彼はFUTURA2000という名前で活動をしていて、企画採用が決まると一人でニューヨークに行って。その後もrelaxでどんどん特集をやらせてもらって、アーティストとのつながりが増えていきました。本の編集をすることと、アートをキュレーションすることは本質的には同じことだと思っています。自分が興味を持った人に会うために企画をつくり、雑誌では紙という器に人を構成していく。空間に構成するのがアートギャラリーです。

2002年にはA BATHING APE®のショップの2階にあったUNDERCOVERが店を移す事になり、そのフロアでインテリアデザイナーの片山正通さんとNIGO®くんがBAPE® GALLERYを作ったのですが、彼らにそのキュレーターを頼まれたんです。編集の仕事をしながらギャラリーのキュレーションをするようになり、そこでの仕事がいまの広告の仕事のベースになりました。

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Keisuke Naito「ちんかめ展」2003-2004 @Bape Gallery ⓒKeisuke Niato

———お話を聞いていると、キャリアを選択するタイミングがとてもスムーズに、うまい具合につながっている気がするのですが、その中でもやはり新たな道に進むにあたって悩むことなどありましたか?

これは自分で計算しているわけではなくて、本当に偶然の連続なんです。自分の動きや興味と世の中の流れがうまくリンクしたのかもしれませんね。90年代始めでエロ本をやって、90年代半ばでキャラクターブームや裏原ブームが来ている中でフィギュアの仕事をして世界が広がって。でも、裏原のブームでは自分はそのド真ん中にいたわけではなくて、あくまでも編集者として客観的な視点で関わっていたような気がします。いまから振り返ってみると、その渦の中は少し異常な世界だったかもしれません。20代でフェラーリやベントレーやランボルギーニのカスタムを2~3台持っていたり。その様子は端から見ていて痛快でしたよ。

いまでは当たり前に使われている「コラボレーション」という言葉も裏原のカルチャーが発祥かもしれません。世界のファッション業界の常識からするとシャネルとヴィトンが決して手を組んで一緒にものを作ることはありません。しかし、A BATHING APE®やUNDERCOVERのコラボレーションに代表されるように、東京のドメスティックブランドが世界に先駆けて、いままでのブランドという概念を超えてコラボレーションをやり始めた。自由な交わりから生まれるものづくりの形が僕には新鮮だったし、それがビジネスにちゃんとつながっているんだけど、そのド真ん中にMBAホルダーやマーケティングのプロはいない。当時の東京でしか生まれなかったおもしろい現象だったと思います。 

その中で自分は自分の立場として関わる事ができるフィールドがあって、彼らと一緒にやれることを探して仕事にしていきました。いまになってみれば、無くなったブランドもあるしブームも落ち着いたけど、あの時代はいまにはない熱いものがありましたよ。僕はその中にいて、しかも客観的な視点で見ることができたというのは良かったのかもしれません。選択という意味では、自分の嗅覚とセンスでどんなシーンとつながってそこから何を掴み上げるか。そこが自分の一つの能力なのかもしれませんね。というか、それしかないと思います。自分で物を作る人間でもないし、絵を描いたり自分の手で直接クリエイションをするわけじゃないので、裏方なら裏方なりのセンスも必要になってくるというか。いいものをつくらないと次につながらない。何かあった時に人が集まってくれるようなことをしなければならない。そういう意味ではおもしろいことをずっとやってこれたのかもしれません。

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NIGO®氏と約2年半をかけて作り上げたA Bating Ape初の本格的作品集。出版社はNYのRizzoli New York

>>『目の前の仕事に全力を尽くせ PART 3』へ続く